2009年8月13日 (木)  大事な人へ

盂蘭盆経の概要(但し、遠い過去に聞いた話なので間違いがあると思います。)

修行の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった父母の姿を探したそうです。目連尊者は父が極楽にいるところを見つけました。
しかし、父親のそばに母親がいないので目連尊者は父に母親の居場所を聞いたが、沈黙のまま回答がありませんでした。目連尊者は「はっ」と思い地獄を覗くと餓鬼道に堕ちている母親を見つけたというのです。
目連尊者の母親は、炎で喉を枯らし飢えていて炎のために体が干からびていました。それで、目連尊者が水や食べ物を母親に差し出しましたが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入りませんでした。
目連尊者の母親は煩悩の炎が強く、水や食べ物までも煩悩の炎で燃やし尽くしていたのです。

この話には目連尊者の母親の生前の話まで戻ります。
目連尊者が目連尊者の友人たちを家に招いた時に、目連尊者は母親に「この人達は私の大事な友人だから、おいしい食事をだしてほしい」と頼んだのです。
目連尊者の母親はそれを聞いて、目連尊者の願いを了承していたのだけれど、実際は目連尊者一人にご馳走を出し目連尊者の友人をもてなさなかったというのです。つまり、我が子のみを可愛がり、目連尊者の友人に出す食事に金をかけたくないという欲が働いていたのです。

目連尊者が餓鬼道に堕ちた母親を哀れに思って、釈迦に実情を話して救う方法を問うと「明日、千人の修行者がここに来るので、蓮の葉にご馳走を用意し、(なんかの草で)ござをしき修行者をもてなしなさい」と答えたそうです。
その通りに実行して、修行者のすべてに布施を行ったそうです。その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入ったとこのお経は伝えています。


お経そのものが釈迦が書いたものではなく、釈迦が入滅後にかかれたものです。
学問的に「盂蘭盆経」は中国に仏教が伝わり、中国の僧侶が創作したものとされています。

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お盆は盂蘭盆経が元になっているのだけれど、ややっこしいことに日本に来て色々な思想が混同しているみたいです。
お盆では、盂蘭盆経の話を元にして先祖に蓮の葉に食事をもり供養します。この儀式の手順が地域ごとに変わります。

去年、私は従兄弟をなくしています。その家では13日の夜から蓮の葉に食事を用意します。
父方の実家は13日の夜は水だけで、蓮のは14日の朝から使用します。

今は、蓮の葉が手に入りにくいので里芋の葉で、里芋の葉が手に入らない時はカボチャの葉で代用すします。
伯母にとって、息子の初盆なので里芋の葉の代用ではなく、蓮の葉を使用したかったのでしょうね、母から蓮の葉と蓮の花がほしいと話されていました。

蓮の葉を二枚とり、伯母の家に持っていく。