Diary 2005. 12
メニューに戻る
2005年12月1日 (木)  ありえない

人が空想できる全ての出来亊は起りうる現実である
ウイリー=ガロン 物理学者


ふとっ、馬鹿なことを考えました。
24時間、世界中の誰一人も死ななくて、誰もが仕合せな気分で居られる日があるのだろうか。
とても、偶然が重なった天文学的な数字の確立になるかもしれません。しかし、上記の言葉を思い出し、何時の日かありえる話ではないかとおもったら嬉しくなりました。
もしかして、既に過去にあったかもしれません。当日、その日だと気づく人もいないのだろうなぁ。

全ての人が笑ってすごせる日、その日を体験してみたい。


少女の痛ましい殺害を聞いて思う。


2005年12月2日 (金)  メサイヤ

友人から、「毎年年末に"東北学院大学"でヘンデルの"メサイア組曲"が演奏されるよ、しかも、ただできける」とききました。
それで、今年の新入社員に「東北学院大学の友人が居ないか、居たら、メサイヤ組曲を聞く方法を聞いて」とお願いしました。
ところが、誰もしらないのです。

それで、東北学院大学のホームページで調べたら、クリスマスのミサ中に演奏されるらしい。
えっ、「二時間半もの演奏時間のあるものをミサの中で行うの?」、だれもミサに出なくなるような気がします。
音大なら、聴きにいく学生もいると思うけど、、、、、、元通り、クリスマスオラトリオとして演奏されるのね、、、

-------------------------------------------------------------------------------

夜に、冷たい雨が降りました。
帰り道、落ちてくる雨にあたり帰り道を急ぎました。私には帰り道があり仕合せです。

-------------------------------------------------------------------------------

今朝のニュースで、また、少女が殺害されたことをしりました。テレビからの母親の悲痛な泣き声が耳について眠れない。

軽薄な想像をしていた自分にさえも罪悪を覚えてしまいます。


2005年12月3日 (土)  プラスチック

私は「人工的」に作られたものが嫌いではありません。
しかし、プラスチックやゴム製品はあまりいい気分になれません。

街中は、クリスマスが近くなるほどにツリーが飾られ、クリスマスソングも流れ始めます。
そんな雰囲気にだまされるのか、プラスチック製品でいっぱいのツリーも綺麗に見えてくるから不思議です。所詮、私の感覚はこんなものなのだろうと思ってしまいます。


OGGI DOMANIによって、カウンタから外を見てみる。

233-1.jpg 233-2.jpg



2005年12月4日 (日)  南天

朝を家を出ようとしたら、義兄が来ていて山芋を掘っていました。未だに私は「あなたでは折ってしまう」と子供扱いをされてこの作業はさせてもらえない。

仙台駅の東口で出てきて、新寺通りへの路をたどると銀杏が紅葉していました。
車を運転する人には「銀杏の葉」が迷惑なようです。「油っぽくてすべるし、腐らないし、、、、」と聞いたことがあります。そうしてみると、地面にも枯葉が一杯で運転手さんは大変荘ですね、、

南天って、枝というか幹が折れやすいのです。
でも、なんか、いつの間にか私の背の高さ以上になっていました。なんかいいことがあるかも、、、

234-1.jpg 234-2.jpg



2005年12月5日 (月)  厄日

朝起きたら「雪」でした。さむーぃ。

雪で「バス」は遅れるし、、、いっしょに仕事をしている人が疲労?で倒れたとか、、
ファイルは壊れるし、、、最悪な日でした。

-------------------------------------------------------------------------------

いざさらば雪見にころぶ所まで
(いざさらばゆきみにころぶところまで)

花摘 芭蕉

【意訳】
外は一面の雪、さあそれでは雪見にと行きましょう。ころぶ所までどこまでも。

上句ははじめ「いざ出でむ」、また「いざ行かむ」であったのを改めたそうです。
「外へ出ての雪見」、また「ころぶ」という表現の差に雪に心が弾むものを感じます。


2005年12月6日 (火)  一里塚

昼間、一息したときに緊急車両のサイレンが聞こえました。
「火事」なのか?
この冬に向かう時期に焼きだされる方を思ってしまいます。


12月31日は1/365日で他の364日と変わらないのに、「歳越え」としてひとつのハードルように感じます。
この時期、「火の用心」の声が毎晩に聞くことができます。誰が、やっているのだろうか、、、、いっしょに冬を乗り越えようとする温かみを感じます。

正月は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし

たしか、一休禅師の歌だったと記憶しています。
私は、中陰で喪にふしています。

-------------------------------------------------------------------------------

後生、恐るべし、いづくんぞ、来者の及かざるをしらんや
四十、五十にして、聞かざらんは、おそるるに足らんと
(頭の中の記憶なので漢字が間違っているかも)

論語、孔子の言葉だったと思います。
【私なりの意訳】
後から生まれて来る者はおそろしい。どうして、後から来たものが(私に)及ばないといえようか。
(若い人は、新しいことを何の苦もなく戸惑いもなく覚えてしまいます。)
それよりも、40歳になっても、50歳になっても、名前を聞かない人は恐れるにたりないと。
(「あそこには○○さんがいる」と言う事も言われない人が力がありましょうか。)



今年の新人は、本当に仕事ができてびっくりします。その分、仕事上の私は楽だけど、、力量ではしんどい思いをしています。、、、贅沢な悩みかも

-------------------------------------------------------------------------------

久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればや照りまさるらむ
(ひさかたのつきのかつらもあきはなほもちぢすればやてりまさるらむ)

古今和歌集 秋上・194
壬生忠岑

【意訳】
月に生えているという桂の木も、秋はやはり紅葉するからなでしょうか、ですから、月の光が輝きまさるのてしょう。
▽久方の=「月」の枕詞。
空気の透き通る秋の月の光の由縁を、月の桂の木の紅葉だとするところに面白みを感じます。中国の伝承を利用した知的な魅力と夢がありますよね。

また、四方山話をどんどんと思い出してしまいます。
http://www.agape.jp/manyou/joga.html


2005年12月7日 (水)  氷に座す

朝、家をでて田畑をみると一面に霜が降りていて、その光景は寒さを一層と感じさせます。
田んぼに残された水の表面には氷がはっていました。

-------------------------------------------------------------------------------

今日は定時間日で残業は「無し」の日なのですが、夕方以降も打合せが入っています。
んーーっ、効率が悪いと思っています。
結局、仕事をおえたのは23:30でした。

人気がないSS30の一階ロビーには、写真のような豪華なクリスマス向けの飾りがありました。
独り占め気分で気持ちよかった。

手入れされた床の白さを見て、薄氷の上を渡っている自分であるとおもいます。

237-1.jpg 237-2.jpg



| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
2005/12
SuMoTuWeThFrSa
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

前月     翌月