Diary 2005. 8
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2005年8月1日 (月)  池塘春草の夢(ちとうしゅんそうのゆめ)

くしゃみ、ひゃっくり
びっくり、しゃっくり、びっくり、しゃっくり
(ンっ年前の小学校合唱コンクール全国大会の課題曲)

いつだったかなぁ(今年の事なんだけどね)、花屋の前を通ったら「おじぎそう」が売ってあって、「そういえば、小学校の花壇に植えてあったけ」と思いだし、懐かしのあまりにおじきそうを2株買ってきて、庭に植えました。

今日、そのおじぎそうに花が咲いているのを見つけました。なんか、小学生以来の「驚き」を感じました。だって、おじぎそうに花が咲くなんてしらなかったのですから、私より朝が早い父母は、当然に花が咲いている事に気づいていて、私が驚いている姿を見て笑っていました。

小さい頃って、何でも驚いていたような気がします。あの頃は「おじきそうに触れる」とおじきそうの葉が閉じる事がすごく不思議たった。

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うちのトマトをある友人に差し上げました。その方は、トマトの香りとトマトに枝がついている事に感激していました。

COCO MADEMOISELLEが残り少なくなって買ってきました。店員の方が私の風貌から、私が「これをください」というまで、店員は私をお客と認識していなかったみたい。パソコンで購入履歴を見て、私への対応が変わりました。、、、うーんっ、複雑です。

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【池塘春草の夢】
「未覚池塘春草夢=いまだ覚めず池塘春草の夢」
〔池の堤に生えた春の草の上でまどろんでみた夢の意から〕
青春のはかない夢。少年時代の夢多き楽しみなどのはかないことのたとえ。⇔〈朱熹・偶成詩〉
少年時代の楽しみ、若やいだ気分。

 偶成  <朱 熹> ぐうせい しゅき 

少年易老学難成  少年老い易く学成り難し 
一寸光陰不可軽  一寸の光陰軽んずべからず
未覚池塘春草夢  未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前梧葉已秋声  階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

少年老い易く學成り難し  しょうねんおいやすく がくなりがたし 
一寸の光陰輕んず可からず いっすんのこういん かろんずべからず 
未だ覺めず池塘春草の夢  いまださめず ちとうしゅんそうのゆめ 
階前の梧葉已に秋聲    かいぜんのごよう すでにしゅうせい 

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2005年8月2日 (火)  昨日の花は今日の夢

昨日、銀行の帰りに団扇を配る人がいて、暑いのでその団扇を受け取りました。団扇って機能的なんだけど、なんか男が使うと下品な感じがします。
今朝になって、友人からメールがありました。内容は「私が団扇を受け取っているシーンがテレビに映っていたよ」と云うものでした。
もともと、注意深く無い(不用心とも云うらしい)のでカメラがある事なんて、私は気づいていませんでした。ですから、このメールを受け取ってビックリ状態でした。(チョット恐いものも感じました。)

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○昨日、国会議員が自殺したというニュースが流れています。国会で郵政の改革案が審議されている中で、色々な噂がされています。

○かつて総理大臣を経験した人が、裁判所の承認として証言台に立つそうです。

○道路公団の副総裁、及び理事一名が逮捕された。あんなに、否定していたのに。

夢だったのかもしれませんね。

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気分で、花器を買いました。直径30cmもあるやつで、どうしても水草をいれたくて、そのまま花屋に直行しました。あった水草は「ひつじ草」だけでした。葉の形から睡蓮の種類だと思ったのだけど、どうしてひつじ草なのかと調べましたら、どうやら花の咲く時間が午後二時(羊の刻)が名前の由来のようです。
ところが、私の父によるとこの水草は、その辺のどこにでもはえているような草らしく、とても購入した金額をいえない状況です。あはははっ、、、から笑い。
雑草類の育て方なんて、どこにも書いてないし、、、(:_;)


2005年8月3日 (水)  五里霧中

後漢の張楷(ちょうかい)が道術によって五里四方にわたる霧をおこしたという。

本当は「五里夢中」なのでしょうか。

郵政改革で政治は喧々囂々です。悲しいのは、議論になっていないことだと思います。

六カ国協議も、、どこに行くのでしょうか。


2005年8月4日 (木)  ミミズ鳴く

唯一人 ひとりとなりて 蚯蚓鳴く
泣いたらあかん 泣くな雨蛙


俳諧の世界は色々とルールがあって、私にはとても難しいものとなっています。
多分、先の歌の上句は、俳句として作られたものだと思うのです。

http://www.agape.jp/cgi-bin/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2005&m=5&d=4
http://www.agape.jp/cgi-bin/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2005&m=5&d=24

結局、ミミズは鳴くのか、鳴かないのか! 歌の世界では「ミミズは鳴かないけれど、ミミズ鳴くと云う表現をする」、この場合、正体の判別できない生物が「ジーッ、ジーッ」と鳴くと云う意味のようです。ある女流歌人が螻蛄(おけら)が鳴いているのを誤って「ミミズ鳴く」と表現してしまったらしく、それで「ミミズ鳴く」と云う単語を使用した歌を「女歌」というらしい。
では、生物学的にはどうか?
私はわからずに居ます。しかし、複数の知人がミミズが音を発しているのを聞いています。多分、ミミズは声帯を持っていないので、何らかの方法で音を発すると思われます。例えば、鈴虫が羽を擦り合わせて音を発する事を「鳴く」と表現するので、声帯をもちいない音でも「鳴く」と表現していいのかもしれない。、とするとミミズは鳴くのかもしれない。でも、何の為にミミズは鳴くのだろうか?

○今日、ある人に会い「ミミズ鳴くは解決しましたか」というような質問をうけました。本当は「邯鄲の夢」という題で別の出来事を書こうと思ったのですが、、、、、相変わらず信念のない私だったりします。

○四季の移り行く中で、土用の日に季語を考える事になったことに不思議なものを感じます。「ミミズ鳴く」は秋の季語で、もう直ぐに立秋になります。


2005年8月5日 (金)  阿修羅

今日から、仙台市博物館で「興福寺国宝展(2005年8月5日(金)〜9月11日(日))」が始まります。
天燈鬼立像(国宝)、金剛力士立像 吽形(国宝)、世親菩薩立像(国宝)無著菩薩立像(国宝)などが展示されるようです。
私が特に興味がある「阿修羅像」は今回の展示対象にはなっていないようですけれど、十分に見応えのある展示会になることは間違いないと思います。 


阿修羅
この神は仏教が始まる前は「光と創造の神、生命(asu)を与える(ra)者、大地にめぐみを与える太陽神」として崇拝されていました。しかし、仏教が広がるにつれて、仏教と敵対する神として「悪神、非(a)天(sura)、熱さを招き大地を干上がらせる太陽神」とされてしまいました。
それから、仏教が栄えるにしたがって、阿修羅が諭され仏教に帰依する説話ができ、仏教を守護/擁護する神とされてしまいました。まだ、仏教と対立する「悪神」とされていた方がプライドも保たれるだろうにと思うのですが、、、、

興福寺の阿修羅像を「少女のような顔で合掌している」と評した人がいました。
私には、男性をモデルにしているように見えます。(あるテニスプレーヤーに似ているのです)三面六臂の一つめの両手は合掌しています。二つ目の両手は、独鈷杵という武器を持っています。三つめの両手は左右に頭上近くまで掲げて、手のひらを上空に向けています。その手のひらの上には何もおかれていないけど、太陽と月を持たせているのだそうです。

この阿修羅の作成者は不明なのだそうです。しかし、作者が元々の「光と創造」のシンボルを阿修羅に持たせた理由を作者は理解していたと私は想像しています。


【画像について】
画像は次のページから使用させていただきました。使用にあたり該当のページ作者から使用の許可を頂いています。

○阿修羅像の顔のアップについて
URL http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/18seibosi.html
E-MAIL elemiya@asahi.email.ne.jp

【資料】
○興福寺
http://www.kohfukuji.com/

○仙台市博物館
〒980-0862 仙台市青葉区川内26番地 <仙台城三の丸跡>
電話:022-225-3074
http://www.city.sendai.jp/kyouiku/museum/

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2005年8月6日 (土)  もぐら

今年も今日が来てしまった。
アメリカ国民の57%が原爆の投下を肯定しているそうです。

たとえ、過去の日本がどんな悪いことをしたからとて「原爆投下」を私は肯定できません。もし、その理論を認めれば、原爆を持っている国はどこの国へも核攻撃が出来ると聞こえます。

昨日、新宿南口で「ヒロシマ、ナガサキの為に折鶴を作ってください」と言う人がいました。私は、善人ぶって小さい紙を受取って折鶴を折りました。しかし、陽射しを遮るものが無い炎天下で、折鶴を折ることは修行に近いものがありました。それは、爆心地の4000度には比較できない温度なのに、、、

今年も、ヒロシマから仙台に折鶴が届けられていました。
http://www.agape.jp/cgi-bin/diary/diary.cgi?mode=popup&y=1945&m=8&d=6
http://www.agape.jp/etc/hiroshima.html 

もぐら、もぐら、つちにもぐって、ひのめもみず
それでもお前は幸せだとさ
あはははっ、あはははっ
もぐら、もぐら、もぐら  (カンタータ 土の歌から「もぐら」)


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右の画像はジムのインストラクターです。

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2005年8月7日 (日)  天上天下唯我独尊

ディスカバリのクルーの目覚めの音楽にSMAPの「世界にたった一つの花」が使用されて、そのシーンがニュースで流されています。
この歌のテーマ「もともと特別なオンリーワン」って、昔から何度もいろんな文学でテーマにされてきた内容だと思うのです。しかし、この歌は「私たちに理解しやすい言葉」でこのテーマを歌っている事に親しみを感じます。

世界の四大聖人「イエス」「釈迦」「マホメット」「孔子」も、一般の人たちに理解しやすい言葉を使用して説教をしていたと思うのです。そうでなければ、あれほど多くの人が説教を聴く為にその人達の下に集まらなかったと思うのです。
きっと、「子供がマンガを読むくらいの感覚だったのでは?」と想像しています。
悲しいことは、「論」語も「経典」も漢字のままで、私たち日本人には読みにくいこと、コーランの資料が日本にはあまりにも少なすぎること。


【故事】
釈迦(しゃか)が誕生したとき、7歩歩み、一方の手で天を指し、他方の手で地をさし、四方を顧みて「天上(天の上から)天下(天の下まで)唯(ただ゙)我のみ尊し。」と言ったという話があります。。
【出典】
伝灯録(でんとうろく)

この言葉は次の二つに解釈されています。
@天の上にも、天の下にも私(釈迦)よりも尊い者はいない。
A全ての人が、その人、一人ひとりがそれぞれに尊いのですよ。

私は、この故事が「後年の人が釈迦を神格化するために作った話」と想像しています。
ですから、元来の意味は@の意味だったのかもしれません。しかし、Aの考え方をこの語句から読み取るところが仏教らしいと思います。


ロシアの潜水艦がトラブルに遭い浮上できなくなりました。艦内の空気は残り一日分なのだそうです。ロシアは英国、米国、日本に救援を求めたそうです。
英国軍が間に合いロシアの隊員を救助できたそうです。もちろん、米国も日本も救援に向かったのですよ。

空の上では、宇宙ステーションが国境の無い活動をしていて、国を超えてディスカバリーの無事帰還を待ち望んでいます。


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