Diary 2005. 9
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2005年9月1日 (木)  防災の日

そうそう、今日は「防災の日」ですよね。

去年のこの日、多分、忘れられないことがありました。

8月31日、いつものように帰宅しちゃいました。んで、去年の今日、つくばのあの広い大地をチャリで「よっこいしょ、どっこいしょ」と走って、自転車小屋につき居室に向かっていると、「○○さぁーん、□□が落ちてるよぉー」と後ろから、仕事仲間の声がしました。(○○とは私の名前、□□とはマシンの名前)
□□はネット上で重要なマシンで、ダウンするとメールもホームページも閲覧できなくなり、所内の人は「お手上げ」状態になります。

居室につくと、やっぱし「緊張感」のある雰囲気になっていました。そこに、各部門からクレームの内線電話、概ね「今日は何の日か知っているだろう!、研究者が昨日中に発表するレポートがある事は理解しているだろう。メールが使えなくなっていてどうするんだ!」と云うものでした。

、、、、ごもっとも、、、あせり、、の日でした。


2005年9月2日 (金)  百鬼夜行

最近、テレビで外国の人が「日本語の"もったいない"という言葉に感動した」という話を聞きました。外国にこの言葉に該当する言葉を見つけられないと言うのです。

「日本には"百鬼夜行"という言葉もあるんだょ」と教えたかった。今は、別の意味で使われているけどね、

日本には、古いも物をずっと使用していると魂がやどるとされて嫌っています。例えば、猫も古く?なると尾が九本にわかれて人間に祟るといわれています。物が祟るのを嫌って、山奥にすてるのですが、そこから古いものが「化け物になって列を成して出てくる事」を百鬼夜行といっていたはず、、、

「ジムでウェイトトレーニングする人のシューズって汚い」とずっと思っていました。理由がわかりました。
私は、レッスン後にひざが痛くなるとシューズを買い換えます。その周期はだいたい2から3ケ月です。今回、前回買い換えてから1ケ月足らずでシューズのクッションが悪くなっちゃいました。考えるに、ウェイトトレーニングをしたからではないかと思うのです。あれって、足に加重がかかるもんね、、でも、ウェイトトレーニングって、極端に言えばスリッパでも言い訳で、シューズのクッションが悪くなっても問題ないのですね、、、、つまり、買い換える必要が無いんですね、しかも、外見なんかなりふり構わず、あの重いウェイトを上げる人たちが「シューズの汚れ」をきにするわけでもなく、多分、「何年もあのシューズのままなんだろうなぁ」と想像しています。

して、私はシューズを買い換えました。ところがである、ジムに来て箱を開けると右足用のシューズが二つ入っていました。(二足って数えるのかなぁ?)、はじめ右足用のシューズを一つはいて、左を履こうとしたら、箱からまた右足用のシューズが出てきて、「あれっ私、右足に左用をはいたんかぁ?」と履いているシューズを見たら、右足用で合っている。
確かに、店から出てくるときに、店員がシューズと私の足のサイズ確認しようとするのに対して、「いつもと同じだからいいよ」って言ったのは私だし、ディスプレイされていたのも同じサイズで右足用だったし、入れ違ってもおかしくない状況でした。
、、、なんか、いつもありえない体験をする私です。

ところで、数ヶ月しか履いていないシューズの外見は真新しい物です。最初は箱にとっておいたけど、ジーンズに合うわけもなく、履くことが無いと認識してからは、しっかりと捨てています。
したがって、私の部屋から化け物は出てきません。


2005年9月3日 (土)  秋花

ひつじ草が咲いたそうです。

両親が「お前が育てていた“ひつじ草”が、実に、綺麗に咲いた」と誉めてくれるのです。二人で満面の笑顔で、、、ところが、私はそのひつじ草が咲いたところを見られません。未の刻(午後2時頃)に咲き、私が家に帰える頃には花が閉じているからです。
んっ!じゃ、土日があるでしょ!と思うでしょ。貴重なレッスンがあるのです。
10月頃まで咲くようなので、まだチャンスがあると思っている私です。

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やっぱり、どんな理由が有っても正しい戦争なんて無いと思います。ハリケーンの被害のあと、被災地は秩序が乱れているそうです。本来なら治安を維持するはずの州兵がイラクに行って、治安を維持するための人手が足りないそうです。

でも、ほっておいていいわけがないと思いませんか。
今、花をみる余裕さえもない人を、生きるすべを模索している人を、私は非難できません。

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【序詞】
是貞親王の家の歌合せによめる
古今和歌集 巻第四 193 大江千里


月みれば 千々(ちぢ)にものこそ かなしけれ
我が身ひとつの 秋にはあらねど

【意訳】
月をみていると、さまざまに悲しい思いが募ってくる。
なにも、自分一人だけの秋ではないのに

【掛けて】
米国の人の被災者の苦労を見ると悲しいものを感じます。
仙台駅東口にあった茶屋の主を知る人からメールをいただきました。既に、故人となった人(あきさん)の事を思うとこれも悲しい。
けっして、私一人だけこの悲しみの中にいるのではないのに。


2005年9月4日 (日)  

いつものように、なんでもない会話をしていました。その会話を母は断ち、私に「私の伯母が間もなく”眠り”に着く」と話し、そのまま私に背を向けて食事の仕度を続ける。背中、

神様は私の伯母の何をお気に召されたのでしょうか、もう少し私どもの近くに伯母を置いておいてくれてもいいじゃないかと思う。

私の父母は“悩事を私に話す事”で現実を認めているようです。つまり、”もう、息子に現実を伝えなければならない”と云う状態になってしまったと、、

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今日の天気はあまりよくなかったけど、家に帰ってきたら、なんとか、ひつじ草が咲く時間に間に合ったらしく「ひつじ草」が咲いていました。

おじぎ草は、びっくりするほど勢力をのばしていました。しかも、最初に驚いた「花」はいっぱい咲いているし、種もいっぱいついています。来年は、どうなるのか恐いものがあります。

ひつじ草 http://www.agape.jp/cgi-bin/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2005&m=8&d=2
おじぎ草 http://www.agape.jp/cgi-bin/diary/diary.cgi?mode=popup&y=2005&m=8&d=1

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2005年9月5日 (月)  木陰のようね、人も車も消えた、好きな季節

私の家は、海に近くて、夏休みには少年がボードを片手に自転車をこいで海に行く姿がみられます。なんか、日本では二番目にいい波がでるんだってさぁ、、

そういえば、平塚実験場の先生が、多分「サーファだと思うけど、観測データを自分のホームページからリンクしていいですかと問い合わせがよくくる」と話していました。もちろん、データ収集の目的は災害に対する研究なのだけど、「リンクを許している」と話していました。
私なりの先生の言葉の解釈は「隠す必要もないし、それで事故が減るならばいいのでは」と云うことだと思いました。あくまでも「私見」で先生の本意を確認していません。

一年のうち9月1日をはさんだ前後一週間のこの季節がとても好きです。陽射しは「夏」なのだけど、空気が澄んでいて、空が高くなる。なんとなく、歌集を開いては、こんな歌もあると気に入った歌を見つけたりします。

古今和歌集 巻第四 秋歌上 169
序詞 秋立つ日よめる 藤原敏行朝臣

秋来ぬと めにさやかに 見えねども
風のおとにぞ おどろかれぬる

【意訳】
景色を見ているだけでは、はっきりとわかりかねるが、風の音を聞くにつけ、ふとっ秋が来ているのだな、と気づかされた

立秋の日に載せるべき歌だったかも、、


2005年9月6日 (火)  仕合せ

ぎゃいーーーん!

フジフイルムの研究所って仙台にあるんだってばさぁ、しかも、そこに遊びにいけっるてばさぁ
(おいおい、まず、遊びじゃなくて「仕事」です。しかも、どっかの「なまり」が入って日本語になってねぇーし)

でも、実際に行ってみたら、フジフイルムの色の話とかばっかししちゃって、仕事になっていない私でした。

ちょっと、作っている人にでないと、聞けない話も聞けたりして、、、もう、幸せです。

ある人の歌に「縦の糸はあなた、横の糸は私、織り成す布はいつか誰かの傷をかばうかもしれない、、、、、、誰かを温めうるかもしれない、、、あうべき糸に出会えることを人は”仕合せ”とよびます。」という歌詞がありました。

幸せを和裁の「仕合せ」に掛けた歌とおもっていましたら、happyを「仕合せ」とも書くという事をしりました。

今日の出会いは、仕合せでした。


2005年9月7日 (水)  オリゾンの彼方には

台風の影響が去って、、、置き土産

オリオンが綺麗に舞い上がっています。
古人は「あの星とあの星を結んでオリオンの絵を思い浮かべたのかと思う」と、天空に大きな絵が重なり、壮大さを感じます。

「災害」は嫌いです。台風も当然に嫌いです。
でも、その置き土産はすばらしい。高知のダムは潤ったし、天空は美しい。しかし、都内は水害で大変だったけどね、日本はそれらの良し悪しを受け入れて、神の存在を感じてきたのだと思います。

ナイルの氾濫は上流から、肥沃な土をもたらし植物をよく育てたそうです。日本の援助は、そこにダムを作り、ナイルは氾濫の無い彼らのいう穏やかな河になったそうです。しかし、現地の人は、今まで使わなくてよかった「化学肥料」を使わなくてはならなくなったそうです。

自然は恐い、米国の水害を見て、その悲しみは募るばかりです。でも、自然を失う方がもっと悲しいと思いませんか。「畏れ」「敬う」心があった頃の方が、自然と付き合う正しい方法なのでしょうか。でも、治水や災害の対策をするのも「大事だよね」とも思います。

人間は、矛盾していても受け入れられるものがあります。そこがすごいよね、、


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