Diary 2006. 1
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2006年1月1日 (日)  華膏の夢

何もせずに、本を読んで一日を過ごしました。
今夜、どうせ見る夢なら「夢と見間違うような夢」をみたいと思いませんか。

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中国の伝説上の最初の天子は「黄帝」とされています。
その黄帝が天下の治まらぬことを心配していた時のこと、ある日の昼寝の夢の中で「華胥の国に遊びに行き、その理想政治のさまを見てきた」という故事があります。

その華胥の国には、支配者はなく、すべてが自然のままにおかれ、身分の上下はなく、人は欲なく、怨みなく、悪なく、自他の区別もない。生死にも心わずらわされず、物にとらわれることもない。
水の中にも、火の中も、空中もすべて自由自在という、まことに愉快な理想国であったそうです。

黄帝は夢からさめ時に「ハッ」と悟るところがあったようです。
以来二十八年問、天下は平穏に治まって、黄帝はまるで「華膏の王」のようであったそうです。

この故事から「よい夢のこと」また、単に昼寝のことを「華膏の夢」と言い、よい気持で午睡することを「華膏の国に遊ぶ」というそうです。
(『列子』「黄帝篇」)。

【追記】2006/5/1 華膏の夢 「かしょのゆめ」と読みます。


2006年1月2日 (月)  漢字がみつからなーい

ページに「竹取の翁」の長歌を載せようとして、漢字が見つからず挫折しています。このページを作っていて、一番困るのは漢字が見つからないこと。

それから、言葉の意味が解かるのですが、現代用語でなんていったら解からないこと、、、適当な「そうだ」という単語が見つからない。

今年も、、、「みつからなーい」を続けそうな気がします。


2006年1月3日 (火)  pump

アメリカに帰った知人とジムで会いました。「こんにちには、あんど、明けましておめでとうございます」いうと「おめでとうございます」と返事がありました。笑顔は変らないままだった。

その後に森先生がジムに来られて「練習会があるのよ」と話していました。
だからだったのかなぁ、一つ前のレッスンを森先が目当てと思われる人は物足りなさそうにレッスンを受けていました。でも、きっと、森先生の練習タイムは楽しかっただろうと、「容易に」想像できる。。。。。

因に、この知人は曰曜日まで仙台にいるそうです。


2006年1月4日 (水)  風速32.7メートル

仙台は、風速32.7メートルでした。
当然、交通機関は麻痺してしまいした。地面が凍っているので、歩くと容易に風に飛ばされます。

んっ、時間に飛ばされているのだろうか、、、
私は、明日の告別式の為に、仕事を急ぐ。

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伯母がなくなったときに、母は「四十九日が正月では誰もきてくれないなぁ」と嘆いていたのを覚えています。


2006年1月5日 (木)  無力

今日、告別式の受付の席に着きました。

すると、しわが一杯ついた喪服の若者たちが、受付にどっときました。
この子たちは、式場内には亡くなった方のごく身近な人しか泊まれず、その為に、建物の外で通夜をすごしたそうです。、、この寒空に、、、

告別式が終わって、出棺の時間になっても、この若い人たちが独自に告別式?を始めました。「お前を成人式につれていくぞ」との弔辞や、寄せ書きを作り始めた子達、誰がとめられますでしょうか。

私が、今日来てびっくりしたことは、遺体が荼毘にふされていなかったこと、そして、中陰中は遺骨を家において置くそうです。その子の母が、式が一つひとつ進むたびに慟哭する。

亡くなった方の親族の悲しみは、書き綴れないほどでした。

法要後に、私をよく知る白髪頭の年老いた方が、「ありがとうございました」と私に頭をさげる。私は、なんと言葉を返せばよかったのでしょうか、、、、、、私のどんな言葉で、この人を少しでも癒せたでしょうか、、、、無力でした。


2006年1月6日 (金)  今でも思う事

中陰があける。

2005/11/19
その日、受付の事務の人は私を哀れんでくれたのでしょうね。

「○○○さんは診療をおえて帰宅されました」との返答に、良い方向にしか考えられない私は「伯母は良くなって自宅にもどった」と勝手に思い込み、小躍りしながら病院の出口に向かいました。
私に事務の人は諭すよう「○○○さんはお亡くなりになりました」という言葉を「理解」したとたんに、涙が落ちて、落ちて、、とめられず、そのままタクシーに乗りました。
タクシードライバーは私を乗せた場所と私の様子から、私の事情を察してくれて何も話さない。

病院の門をでるとそこには神社がありました。その神様に「なんて皮肉な場所にあなたはいるの」と言いたかった。

時間が、私から全てのものを奪うのだったら、最期に、何も解からなくなるくらいの「愚かさ」を私に残してほしい。


2006年1月7日 (土)  穢れ

「新年、早々に不幸が続いていて私は穢れ(けがれ)があるんだ」という私に、同僚は「じゃ、塩まいてあげなくちゃね」と笑って切り返してくれる。
でも、「私はまだ必要とされている場所がある」と自覚できる場所があるので仕合せだと思います。

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夫の転勤で、新潟に引越しをした人に「今年は、雪が多いようだけど大丈夫?」とメールを送ったら、「そーれが、ぜんぜん、降ってない」と返事がありました。
雪降ろしに「自衛隊」が出動するとニュースを聞きました。災害等が有ったときの「自衛隊」の人たちって頼もしいよね。だまって、雪を処理していく様子がニュースで流れていました。
コメンテーターから「ありがとう」くらいのコメントがあってもいいのに、みんな「当たり前」と思っているのかなぁ?


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