Diary 2009. 6
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2009年6月1日 (月)  風邪には新玉ねぎのスープを!!

午前2時、両足の膝に痛みを感じて起きました。
両足首をポキッと鳴らしてみたり、足をのばしてみたりと色々としたけど改善されない。

どうしてだろうと考えたら、、、「風邪で熱が出ている」のではないかと考え、体温計を救急箱から持ってきました。
すると、時間を経る毎に熱が上がっていく。急いで風邪薬を飲む。
結局、体温が37度になったら落ち着いたらしく、足の関節の痛みも落ち着きました。いつもの風邪なら肩から痛みが来るのに、、、しかもこの時期に急激な熱は「新型インフルエンザ/豚インフルエンザ」かとも思いました。
でも、ニュースを見る限り新型インフルエンザは熱が39度まであがるらしいので違うだろうとそのまま寝ました。

朝起きたら、熱は37度のまま、でもハローワークに失業の届出を出しに行きました。

帰宅しても体調がよくない。
ふとっ、売れ残りの「新玉ねぎ」をみつけて「おお、これでスープを作れば体の中から温まる」と考えて、玉ねぎのスープを作りました。
「新玉ねぎ」を切らずに丸々と煮込んだスープ、体が温まり全部を食べ終わる頃には体調もよくなっていました。
=>玉ねぎのとりすぎに問題が無いのだろうか、、?

固形コンソメスープ、ブラックペーパーと玉ねぎを丸々のまま数個入て煮込むだけです。これだったら風邪でボーとしていても作れでしょう。
元気で余裕があるときは、途中で玉ねぎを取り出して、とろれるバターで包んでオーブンで焼いて器にに入れてスープと、後何かかけるとgoodです。


そういえば一人暮らししていた時の風邪には「ねぎ」にたすけられたことがあった。


2009年6月2日 (火)  ドジョウが「貴重品」

うちの村?の風習で家の周囲に木を植えています。
もちろん防風林の役目もあるのでしょうが、落ち葉や小枝は火を燃やすために使用したり、家の修復として木材を使用していたようです。
今はご飯を炊くのに竈(かまど)を使う家も無くなり、建築基準法?で家を勝手に増築する事もできなくなりました。
そして、手入れも大変なのでこの木は切られる事が多くなりました。

それでも旧家にはこの木が林のように残っています。
私の家の前の家もその一つで林のように木が残っています。
そこに仔狐が1匹いるそうです。食べるものが無くやせ細っているそうです。

「稲荷神社」を狐の神様と勘違いをしている人がいます。
「狐はお稲荷さんの使い」と考えられていました。秋になると稲穂が実った周囲を駆け回り害虫を食べてくれる大事な動物だったからです。。

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家にある睡蓮鉢にもボウフラがわいたのでドジョウを買いに行きました。
この前のドジョウは店の隅にあり、死にかけのものだったので鮮魚専門店が揃っているところに行きました。

すると店の人がいわく「ドジョウは注文うりだけだよ」と、他の店でも「料亭にうる文しかないよ」といわれました。
それを見ていたある店の人が「最低100g/300円からうってやるよ」と話してくれてやっと買えました。

話によると、、、
 田んぼの水路がコンクリートになってしまって天然のドジョウは貴重になっているとのこと、、、
 あんなにいたドジョウが「貴重品」あつかいときいてびっくりしました。ドジョウを餌とするトキが絶滅するのも理解できますね。

帰り道、男の子3人がザリガニとりをしていました。、、考えるものがある。

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牡丹が終ると、芍薬が主役の座につきます。

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2009年6月3日 (水)  三沢初子の墓など

伊達家の「三沢初子の墓」の近くに行く用事がありました。
まだ時間があったので「三沢初子の墓」を見てきました。すると、以前は朽ち果てていた柵などが整備されていて「政岡の墓」の資料館みたいなものまで作られていました。資料館の中も見たかったのですが、あいていませんでした。

用事が終って、区役所にいくと相変わらず職員は無愛想な対応。

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仙台市指定史跡
  三沢初子の墓など
  昭和四十七年二月一日指定

三沢初子の墓
三沢初子は尼子氏の重臣三沢清長の娘で、後に三代藩主綱宗の側室となり、亀千代(四代綱村)を生む。貞享三年四十八戈で没す。
 法名 浄眼院殿了岳日嚴大姉

寛文事件(伊達騒動)の時には、十二年にわたり幼君亀千代を守って辛労した。歌舞伎「先代萩」の政岡は、三沢初子をモデルにしたものと言われている。
明治初期までは本殿、唐門、拝殿があつたが伊達家の祭祀が神式に改められて撤去された。

徳川振姫の墓
徳川振姫は姫路城主池田輝政の娘で、二代将軍徳川秀忠の養女となり、後に二代藩主忠宗の正室となる。万治二年五十三戈で没す。
 法名 孝勝院殿秀岸日訊大姉

稲葉氏仙姫の墓
稲葉氏仙姫は小田原城主稲葉正則の娘で、後に四代藩主綱村の正室となる。宝永三年四十八戈で没す。
 法名 万寿寺殿宝蓮浄晃尼大姉


本山孝勝寺

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2009年6月4日 (木)  味噌をつくる

父の大腸癌のお礼返しに「お菓子」よりも「お味噌」の方がいいねと味噌をあげていました。
気がついたら、家で食べる味噌がなくなっていました。それで、味噌づくりという事になりました。

そんなこんなしていると、家の裏からにぎやかな声がするので、家の後ろに行ったら小学生が一杯にいました。たぶん、写生の時間かなぁ

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2009年6月5日 (金)  居間で騒ぎが

夜になって、居間の方で騒ぐ声が聞こえる。

行ってみると、父が怒っている。私は母に「今日はどっかにとまりなさい」と諭し家を出て行ってもらった。


2009年6月6日 (土)  ドジョウがとれる?

田んぼ道をあるいていたら、網とバケツを持った少年とあった。
私が「何かとれるの?」と聞くと、「ドジョウ」という言葉が返ってきた。

私が「えっ、なんでここはコンクリートだらけじゃん」と言うと、少年は「上流で水を流すとドジョウも流れてくるんだょ、今日はもう、水が止まったみたいだけど、」と教えてくれた。

私もなるほど、、とおもい少年に気をつけて「遊ぶんだよ」といって、そこを立ち退きました。


2009年6月7日 (日)  アルコールによる前頭葉が萎縮

朝起きたら母がいない。

外に出たら父が角材をもって私を叩きに来る。
意味が解らず、父を押さえつけた。なんだかんだと騒ぎが大きくなり従兄弟が来てくれた。そして、父を病院につれていった。

最近、父が「怒りっぽい」のでMRIの検査をしてもらっていました。
その結果で、長年のお酒の飲みすぎで、脳の前頭葉が萎縮してしまっていると診断されました。この部分が萎縮すると「非常に凶暴」になるというのです。

とりあえず、何かわからない薬を打ってもらって自宅で寝かせている。

医者からは「月曜日でも火曜日でも診療にきなさい」といわれた。
父は暴れた時にお酒を飲んでしまい、これ以上の診療はできないといわれた。

※最近、患者がお酒を飲んでいると診療を拒否するらしい。


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