Diary 2017. 5
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2017年5月6日 (土)  人形供養祭会場

日本は「新しい物」を良しとする風習があると思います。
特に神仏に奉るものは「新」が大事みたいです。初物は「神棚や仏壇にあげてから」と子供のころに言われたものです。

逆に古いものは忌み嫌うようです。
飼い猫は古くなると(つまり歳をとると)、猫のしっぽがわかれて飼い主に祟るといわれていました。

古い道具も魂を持つようになると嫌われて古くなった道具は山の中に捨てていたらしい。なんか「もったいない」から離れている風習ですよね。その捨てられた道具が魂をもち村に行列をなして帰ってくる図、、、百鬼夜行です。

でも、古くなった物に今までの苦労に感謝して供養するという考えは大事だと思います。物に魂が宿ると考え大事に使うのも「良い事」だと思います。あれっ、これって「もったいない」という考え方に似ているかも、、

国道4号線で「人形供養祭会場」という案内看板を見ました。長い間、人の心を癒してくれた人形に感謝したいですね。

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2017年5月7日 (日)  世はゴルーデンウィーク最終日

世間は大型連休の最終日です。

交通量の少ない道を通勤していました。
ふっと、わき道から桜吹雪があり、思わずわきの坂道を見上げました。

桜といえばソメイヨシノばかりが取り上げられますが、この桜も存在感のある桜ではないかと感じました。

もう、暦の上では「夏」なのですよね、、、

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2017年5月10日 (水)  一斗缶の塵取り

誰からのものだろうか、一斗缶で作った手作りの塵取りがおいてありました。

祖父が生きていたころは、手作りの箒や塵取りがいっぱいにありました。
あの頃は家で使用するものは自家製というものが多くありました。今は、自分で作るよりもホームセンターで買ってくるほうが、安くて労せずに早く手に入ります。

便利だけれどね、、、

私は祖父に「ねぇ、おじいちゃん、竹馬作って」、母も祖父に「お父さん、塵取りをつくってもらえませんか」とお願いをしていました。

祖父はニッコリとわらって「いいよ」と言っていました。
今考えると、年寄の出番が多いものでしたね、

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2017年5月14日 (日)  大手毬が緑を落とし始めた。

大手毬が緑から白に変わり始めました。

去年、二年に一度の植木の手入れをしました。
二年に一度なので、業者の人にガッチリと枝を切り込んでもらっています。このため芽が減ってしまっているのです。

大手毬も花が少なくとても寂しい。
来年を楽しみにしようと思います。

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2017年5月16日 (火)  草むしり

朝、会社に向かう途中で時々みかけるおじいさんです。

何をしているかというと「草取り」です。
自分の家以外の場所をきれいにするってあまりないような気がします。

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2017年5月17日 (水)  かくしてぞ人は死ぬといふ藤波のただ一目のみ見し人ゆゑに

毎日、毎日、、来る日も来る日も。
亡くなった方の在りし日の写真を見ています。

きっと楽しい人生だっのでしょうね、、
きっと惜しまれたなくなったのでしょうね、、、と思いつつ。

この作業は油断をすると私の魂も亡くなった方に持っていかれそうになります。注意せねば、、


画像は出社の途中で見つけた藤の花です。


万葉集 第十二巻 3075 : かくしてぞ人は死ぬといふ藤波のただ一目のみ見し人ゆゑに

こうして人は死ぬというのですね。藤の花のような、ただ一度だけ見たあの人に恋して

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