Diary 2019. 3
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2019年3月28日 (木)  竹取の翁が作りし長歌

昔、老人が居た。呼び名を竹取の翁と言った。この老人が、三月の頃に丘に登って遠くを眺めると、たまたま羹(スープのようなもの)を煮ている九人の少女に出会った。その様々な美しさは比べようもなく、花のような姿は類がなかった。時に少女らは老人を呼び笑いながら言った「お爺さんこちらへ来てくださいな。この焚火の火を吹いてくれないかしら」と。老人は「はいはい」と言って、ゆっくりと少女たちのもとに赴いて行って、少女たちの座に近づき交わって座った。ところがややしばらくして少女たちは皆、お互いに笑みを浮かべながらつつき合って「いったい誰がこの老人を呼んだの?」と言った。そこで竹取の翁が侘びながら「思いもよらずに、偶然に仙女たちに出逢い、思わず迷い心を起こして押さえることが出来ませんでした。馴れ馴れしくした罪は、どうぞ償いの歌で許して欲しい」と言った。そしてこの一首の長歌を作った。あわせて短歌も作った。

赤子の若様だった頃には、たらちねの母に抱かれ、紐繦に包まれた幼子の頃には木綿の肩衣(袖なし服)にすべて裏を縫い付けて着、髪がうなじに垂れるほどの子供の頃には、しぼり染めの袖付き衣を着ていた私だったが、匂うようなあなたたちと同じような年の頃には、巻貝の腸のように黒い髪をりっぱな櫛で、ここに長く梳(す)き垂らし、取り束ねて揚げて巻いたり、解き乱したり、童子髪にしたりしたものだ。丹色をさした色懐かしい紫の綾織り衣で、しかも住吉の遠里の小野の榛で美しく彩った衣に高麗錦を紐として縫いつけて、それを指したり重ねたりして、何重にも重ねて着たよ。打ち麻の麻積の家の子や、美しい衣の宝の家の子らが練り上げ、何日もかかって織り上げた布や、日に曝した麻の手作りの布を幾つも重ねた脛裳につけて、幾日も家に篭る稲置の娘が求婚する目的で私に送ってきたものだ。彼方の二綾の靴下を履き飛ぶ鳥の飛鳥の男が長雨の間をこもって縫った黒沓を履いて私は少女の庭に佇んだものだ。少女の親が、帰れ!そんなところに立つな!と言ってその少女に逢うことを妨げる。逢うことの叶わない少女がほのかに私のことを聞いて送ってくれた薄藍色の絹の帯を引き帯のように韓帯にして身に着け、海の神の宮殿の屋根を飛び翔ける蜂のように細い腰につけて飾り、美しい鏡を取り並べて自分の顔を何度も見ながら、春になって野辺をめぐれば、私を面白く思ってか野の鳥が近くへやって来ては鳴きて飛び交う。秋になって山辺を行けば懐かしいと私を思うからか天雲も行きたなびいたことだ。帰ろうと道を歩いて来れば日の輝く宮殿の女たちも、竹の根が伸びる舎人の男たちも、さりげなく振り返り見て、どこの子だろう?と思われたものだ。このようにされて来たから昔は華やかだった私は、いとしくも今日のあなたたちに「どこの誰だろう」と思われているのだろう。このようにされて来たから昔の偉い人も後の世の鏡になるようにと、老人を運んだ車を持ち帰って来たことだ。持ち帰って来たことだ。


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