山上憶良





名前 山於憶良、憶良、憶良臣、憶良大夫、山上憶良、山上憶良臣、山上大夫、山上、最最後人、良
略歴 斉明六(660)年生誕?
大宝元(701)年一月第七遣唐使少録となる。時に無位となる。
慶雲元(704)年七月ら帰国したか?
和銅七(714)年一月正六位上より従五位下となる。
霊亀二(716)四月伯耆守となる。
養老五(721)年一月退朝ののち東宮に侍した。(続記)
神亀三(726)年頃筑前国司となる。
天平二(730)年一月太宰師大伴旅人宅の梅花の宴会に参加する。
天平四(732)年末頃、帰京する。
天平五(733)年に没?
その他 天智朝の亡命渡来人である侍医の憶仁の子と考えられている。
憶良編集の「類聚歌林」が存在するらしい?
集中に七十六首の和歌および詩文を残す。
その他2 万葉集の中で唯一の「思想家」と評価されている。